2010年05月04日

子どもの性格

GWはわたしの実家に3泊してきた。
妹と甥っ子も合流して、普段は両親2人だけの静かな実家が賑やかになった。いや、騒がしかったと言った方が正しい。1番調子に乗っていたのは、最年長4歳の我が息子。娘や1歳の甥っ子ちゃんを自分のペースに巻き込み、大好きなばぁばとおばちゃんに無理を言って遊んでもらっていた。普段はわりと穏やかな方なのに、乱暴な言葉を使ったり、妹の遊びを阻止したりちょっと困った兄さんだった。それにペースを乱された甥っ子と娘の泣き声も合わさり落ち着かなかったけれど、久しぶりに母や妹と話したり楽しかった。

人の性格は一言では説明つかない。自分の子どもであっても分かるようで分からない。
今回、3人の子どもたちを見ながらつくづくそう思った。

甥っ子はとても優しい顔をしていて、すでにママっ子ちゃん。最近数歩歩くようになったけれど、ハイハイのスピードがすごい。床に玩具が転がっていても平気でその上を通り抜け、階段も余裕で上って行くパワーはさすが男の子。ベットやソファからも頭から降りて行くのには驚いた。
うちの子は2人とも慎重なタイプだったので、「すごい!怖いもの知らずだね。」なんて話すと、家で高いところから降りるときはは必ずお尻から降りるらしい。どうやら、従兄弟たちに刺激されてちょっと気焦っているのでは、とのこと。息子や娘のやっていることをじーっと観察していたからか、2日目の夜は興奮気味で何度も目を覚ましてしまったよう。いつもとペースが違い疲れてしまったのだろう。でも、きっとママと2人のときのホノボノさんも従兄弟と共同生活で見せた隠れ勝ち気な部分どちらも甥っ子の性格なのよね。


「自分はこういう人!」という絶対的な決め手はなくて、「自分らしさ」というのも置かれている状況によって相対的に変化していくものなのだろうな、なんて思った。特に子どもは年齢ごとの変化や成長もあるので、ますます分からない。急に気性が荒くなった我が子を見て、イヤイヤ期?赤ちゃん帰り?性格変わってしまった?わたしの接し方のせい?なんて疑心暗鬼になってしまうこともよくあるけれど、後から考えると、「理由なんてどうでも良くて、ただ信じてあげれば良かったんだ。」と気がつく。「ああ、この子こういう場面ではこんな風になっちゃうんだ〜。発見。」と気楽に受け止めるようにしたいもの。


片道1時間20分ほどの電車乗車期間、毎回手こずっていた娘も今回は順調に人に迷惑をかけることなく過ごせた。
1日前から「明日、電車に乗ってばぁばのお家に行くよ。たくさん電車に乗るけどママもお兄ちゃんも一緒だからお椅子に座って静かに行こうね。」と話かけたら「うん」と分かったような返事。最近基本的に何でも「うん」と言うので当てにならないな、と思っていたけれど、目を見て伝わっている気がしていた。道中も「あと半分くらいだからね。頑張ろうね。」とか、「静かにしてお利口だね。」なんて声をかけると娘は照れながら頷いていた。念のためカバンに忍ばせていたポンせんべいは出番なく、帰宅してからのおやつになった。

赤ちゃんや子どもでも予想が立たないことされるのは嫌だと思う。だから、出かけるときは前もってお話をしておく。親も子も落ち着いた気分のときに「声かけをする」ことはポイントだけれど、どのくらい前に、どんな風に話したら伝わるか、というのはその子によって違うように思う。

娘は、泣き出したら抱っこをしても何を言っても聞く耳を持たないけれど、平常は物分かりの良いタイプなので、必ず事前にゆっくり話し「上手に出来たらすごいね。」「お利口さんだね。おばあちゃんに誉めてもらえるね。」などとストレートに期待を込めた言い方、「たくさん」とか「半分」とか距離や時間を伝えてあげると反応があった。今までも、外出やわたしがトイレなどに離れるとき、前もって話してあげなかったせいで娘の中で納得いかず泣き叫び、「あっ、きちんと伝えるの忘れてた!」と後悔することはよくあった。
意識的ではないけれど、「きっと娘にはこう言った方が良いのだろうな。」と言葉や態度を選択している自分に気づき、「そういえば、息子が1歳だった頃は違うことに気をつけていたな。」と思い返した。

息子は、状況判断が効き公共の場で騒ぐことは少なかったけれど、頑張りすぎる癖があり、後で意味が分からないタイミングでダダをこね理解に苦しむときがあった(笑)。だから「あまり早くから予定を伝えない」「期待をかけすぎない」ことを心がけていた。「もうすぐおばあちゃんに会えるね。」とか「つぎはどの電車くるかな?」などと、気分をそらしなながらの方がうまく伝わる気がする。泣き出したら抱っこや食べ物でも静まらない娘に比べて、息子はスキンシップも効果的だった。

いずれにしても、3、4歳になれば「電車の中では静かに」というルールは分かるようになるし、上記の気遣いも今の息子には当てはまるものもあれば、そうでないものもある。
変わっていくのよね。泣いても笑ってもストレートな甥っ子や娘と、特にわたしが別室にいるときに変にはしゃいた息子を比べて、4歳ともなると子どもも「お母さんの前」とそうでないところで演じ分けるのだな、と改めて気づいた。母親に見えている子ども像を「それがすべて」と思い込まないように、と肝に銘じた3泊でした。
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2010年04月29日

日暮里へ

風が強く暖かい1日。こんな日は料理を作りながらビールが飲みたくなる。「ビールを美味しく飲むために。」というわけではないけれど、子どもたちと日暮里散策に出かけた。谷中霊園を散歩して公園でお弁当を食べ、雑貨屋さんへ行き、電車観察、という2時間ほどのコース。

息子の「山手線に乗りたい!」という希望と、わたしのお目当て谷中ぎんざの「松野屋
」という雑貨屋さんへ行くことに。

我が家の電車での移動は大抵地下鉄なので、実は山手線はあまり乗ったことがない。田舎者のわたしは、高校生の頃から、休日山手線内乗り降り自由な「東京フリー乗車券」でギャラリーや美術館めぐりをしていたけれどもね。今日も地下鉄の千駄木駅から歩く、という選択肢もあったけれど、息子のためにJRの駅まで自転車で出ての移動にした。ベビーカーなしなので、娘を抱っこできるよう荷物はリュックサックに詰めた。見た目は軽いアウトドアスタイルかな。

お弁当は、人参おむすび(2合の米に人参半分の擦り卸し、だし昆布1枚を入れて炊飯器で炊き、塩を適量加えて混ぜる。お好みでタイムやバジルなどのハーブを入れてもよい)・大根の葉炒り卵・焼き新タマネギ
人参むすび.jpg


籠や日用雑貨を扱っている「松野屋」はもともと馬喰町に業者向けの店舗があるのだけれど売り店がオープンしたというのでかねてから行ってみたかった。しかし、実際に行ってみると値段の高さに驚いてしまった。馬喰町店の値段と比べると手が出ない。。。質も良いし、適正な値段だとは思うけれど。小売り価格と業者価格がこれだけ違うのならば、原価はもっともっと安いはず。流通の仕組みを考えれば当たり前のことだけれど、いやいや、社会勉強になりました。

日暮里駅出てすぐにある橋の上からは、新幹線や山手線、常磐線、舎人ライナーなどいくつもの電車を見ることが出来る。電車好きには絶好のスポット。息子は「え〜次は〜京浜東北線が参りました。日暮里〜日暮里〜。あっ、長野新幹線!」とぶつぶつ言いながら、柵にしがみつく。お兄ちゃんが流行の最先端だと思っている娘も、電車にかぶりつき。「そろそろ帰ろうか。」と声をかけて、「やや、でしゃ〜〜(電車)!」ダダをかけたのは娘の方だった。

なんとか帰路につき、夕飯は鳥の唐揚げ。もちろんビールを飲みながら作りました。

思ったより歩かなかった娘をたくさん抱っこしたせいか、軽く肩こりだけれども、日暮里はのんびりしていて、歩く人も眉間の間が広くて、気持ちが穏やかになった。建物の高さも低いせいか空も広かった。

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2010年04月25日

住居について

子どもが小さいときに暮らす家、環境は、その後の性格形成にとっても影響を与える。賃貸アパート住まいの我が家も、今後の生活環境についてたびたび考える機会がある。けれども、方向性さえもなかなか定まらない「迷える一家」。

こんな雑誌を読むと、田舎生活に魅力を感じたりもする。
雑誌 自休自足

  


緑が多くて空気がきれい、近くで採れた野菜を食べて、、、といった生活に憧れはあるものの、夫の通勤時間を考えても、都会の便利さは捨てがたい。また中途半端に消費するためだけに田舎生活をすることよりも、東京の良い部分も悪い部分も含めて、ここでどうやって「豊かに暮らしていけるか」という模索の方が、今のわたしにとってリアリティがある。田舎生活をするには、そこに腰を据えるそれなりの覚悟も必要だと思うのよね。

都内で分譲マンションを買うという選択肢もあるが、これもあまりピンとはこない。土から離れて、定番の間取りの部屋に住むのは何となく窮屈に感じてしまう。そして、実はわたしマンションの入り口のセキュリティチェックが苦手。東京で暮らしている以上「みんながいい人」という訳ではないと思うけれど、毎日あの手続きを踏むのは子どもの身体的な経験としてあまり好ましくない。
こんなわがままを言っている場合ではないと分かりつつも、子どもが育っていくここ10年間を「何となく嫌だな。」と思うところで、しかも高いローンを組んで生活するのは気が引ける。


住居のことを考えていると、わたしが4歳から9歳まで暮らしたオンボロ平家(借家)のことを思い出す。
わたしが育ったのは神奈川の田舎だったので、1軒家はそうめずらしくなかったけれど、取り壊し前に数年住むことになった借家は、縁側や渡り廊下、床の間、重い木の雨戸がある、お世辞にも奇麗とは言えないけれど開放的な木造建築だった。
雑草や木が生えた庭や裏山で、妹と泥遊びや花や葉っぱを使っておままごとをしたり、秋には母が落ち葉を集めて焼き芋をしてくれたり、長ネギやじゃがいもは裏庭の土の中に保管していた。隙間だらけの家だったので、いつだったかか蝉の幼虫が迷い込んで居間で脱皮をしているのを、夜中母に起こされて明け方まで観察したのを覚えている。田舎といっても都内へ通勤圏内、多分、同じ町でもここまで素朴な生活をしていたのは珍しい方だったかもしれない。
その後アパートに数年住み、小学校5年で新築した今の実家(すべて同じ町内)へ引っ越した。1番長く住んだのはこの家だけれど、なぜか今魅かれるのがこのオンボロ借家。キャンプへ行って、ボットン便所、虫だらけの部屋でも意外と平気、ゴキブリもキャッチして外に逃がせる、体力はないけれどプチサバイバル生活OKというわたしの原点でもある。

夫も東京の下町で1階が父親の職場、2回が住居という環境で育ったせいか、今のアパートの1階に大家さんの事務所があり、顔を合わせると「どこへ行ってきたのか〜。」なんて会話がある環境は気に入っている様子。借家に住みたいな〜、とか、空気が良くて温泉が近いところに住みたいな〜、というのが最近の口癖。

こんなわたしたちにとって今のアパートは分相応、といえるかもしれない。広くはないけれど、窓が多くて室内が明るく暖かいのが気に入っている。子どもには「おばあちゃんの家みたいなところ(一軒家)がいいな。」と言われるけれど(笑)
おちゃめな大家さんもその1部。住居も「出会いもの」だと思うので、良い出会いがあるまでセンサーを働かせつつ、のんびりと「待つ」ことになりそう。なんだかぼやきのようになってしまったけれど、それまでは「今」の生活を楽しみたい。そう「今」を大切に。
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2010年04月16日

やわらかい心

「A先生が僕のナンバー1になっていくんだ!」
息子のお友達が担任のA先生のことを言った台詞。お友達は年少さんのときの担任のS先生が大好きでずっと「僕のナンバー1」だったそう。けれども年中さん始まってたった1週間でもうA先生が1番になっている。「これからだんだんなる。」というところが心情を素直に表していてほほえましい。
どうやらこのお友達だけではなくて、多くの子どもたちは年中で初めて接触を持つことになったA先生のことが大好きみたい。もちろんA先生はとってもやさしくて評判の良い先生なのだけれど、多分それだけではない。

3月に「K先生(年少さんの担任の先生)と離れちゃうかもしれないんだって。僕嫌だなあ。」と風呂場でセンチメンタルに首を傾げていた息子も、今は「大丈夫。K先生とも幼稚園で会えるから!僕はA先生と仲良しになるんだ!」なんてウキウキしている。どうやら子どもは大人が思っているほど過去を引きずらないらしい。そう思っていて、反対にけっこう前のことを覚えていて驚くこともあるけれども。基本的にどんな状況でも素直に準じていく柔軟性を持っていることは確か。

先入観やこだわり、執着心をもたないこと。これは大人であるわたしも学ぶべきだなあ、とつくづく思う。実はここに生活を豊かにするポイントが凝縮されているように思えてならない。なぜならネガティブな感情の大本にはこだわりや執着心があり、新しい行動やより良い選択の妨げになっていることが多いから。

どうしてか大人になると変化に対して臆病になっていく。
わたしもA先生のこと好印象で息子と一緒にワクワクしていたのだけれど、息子のお友達の言葉によって、自分の心の片隅にあった執着心に気がつかされた。
今思うと、息子よりわたしの方が「来年度K先生と離れてしまうの悲しいな。」という気持ちが強かったのかもしれない。去年の今頃、初めての園生活に慣れようと親子共々必死だったときに暖かく声かけしてくれたことに対する感謝と、1年間送り迎えの度に会話をして思い入れが強くなっていたからなおさら。そういう気持ちが息子にも影響を与えていたのかもしれないな、なんて少し振り返った。

良い意味で「忘れていく」ことも大切。
そう、だんだん好きになっていくんだよね。それで良いのだよね。と、子どもよりもワンテンポ遅れて当たり前なことに気がつくわたし。とほほ。

子どもは「楽」になることを知っている。

知恵がつくと「別れ」や「変化」にもっと敏感になるのかもしれないけれど、今子どもたちが持っている「とらわれなさ」や「しなやかな心」は生きるために必要な本能的な働き。その魅力にあやかりたい。
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2010年04月15日

ピンク、いいの?

今日も幼稚園帰りにおむすびを持って公園へ。近所の公園はお天気だったせいもあり、同級生がぞくぞく集まって今日も賑やか。去年の今頃は幼稚園帰りに公園なんて余裕なかったことを思うと、本当に成長したな、と感慨深い。

息子の同級生のSちゃんの妹Mちゃんは、娘と2ヶ月違い。いつもお姉ちゃんの後を追って可愛い。おっとりしていて泣いているところをあまり見たことがないMちゃんの可愛いエピソード。

娘とMちゃんがなんとなく近くで遊んでいた。たまたま転がっていた娘のピンクのボ−ルをMちゃんが拾って持っていた。それに気がついた娘が「ボー、ボー!(わたしのボール返して)」と訴える。自分だってお友達の赤いボールをしっかり手に持っているのにね。「娘ちゃんは赤いの持っているから、Mちゃんと1個ずつだよ。」とわたしが娘を説得。それでもしばらく「ボー!ボー!(でもそっちが良いのよ!)」と粘る娘。
そういうときは気をそらす作戦。「あれれ、お兄ちゃんどこいっちゃったのかな?」なんて関係のない話題をふると「あっち!」なんて指差して、ボールのことはすっかり忘れてくれる。「ホッ」と落ち着いたところで、MちゃんがMちゃんのお母さんにぼそぼそっと何かを言ったみたい。聞こえなかったのだけれど、Mちゃんのお母さんによると「ビンク、いい?」って聞いてたみたい。

実は3歳違いのお姉ちゃんを持つMちゃんは、ピンクはお姉ちゃんカラーだと思っているらしい。女の子はピンクが好きが多くSちゃんもその1人。だからお家でもピンクのものがあるとSちゃんは「ねーねぇーの。」と言って決して手を出さない控えめな性格みたい。お姉ちゃんの力は絶対、なのね。
だから、私たちのやりとりを何となく聞いていて、「これ、わたし使っていいのかしら?ピンクだし。。。」と思ったのだろう。なんて健気な子なのだろう、とホノボノしてしまった。

うちは兄妹なのでピンクは娘の色、という認識が強い。
姉妹ならではの力関係を感じ、家族、兄弟は小さな政治だな、と改めて思った1コマだった。




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2010年04月13日

家族で胃腸炎

実は週末夫と息子がお腹の調子を崩してしまった。

幼稚園の始業式の後(金曜日)息子がしんなり元気がない。昼食後、いつもは昼寝をしない息子が横になってしまった。夕方になって昨夜吐いたことを告白。「年中さんのお部屋どうなっているかな、って気になって幼稚園行きたかったの。」と教えてくれなかった理由を話してくれた。そういえば朝からグズグズ、朝食、お昼ももあまり食べなかった。でも「新学期で緊張しているからかな。」と勘違いしてきちんと聞いてあげなかったことを反省。夕方「アンパンマン始まるよ。」と誘っても起き上がらない。そのまま土曜日もほぼ何も食べず横になっていた。

夫も土曜日の朝、「お腹の調子が悪い」とぐったり。そうとうつらそうだったけれども仕事があるので外出、日曜日も横になっていた。

2人の症状、先日のわたしの不調とほとんど同じ。そういえば、娘もわたしが体調崩す前に1度夜吐いてしまったことがあった。小さいからかその後はケロッとしてたけれどきっと胃腸炎だったのね。そうはいっても「出るものは出しきってしまったら良くなる!」はずなのでよく休ませて2日間過ごした。毎晩ビールの晩酌が欠かせない夫にとってはよい休肝日になったはず。

夫、息子、娘、わたしの体調の変化を見ていて、以前ヨガの先生が「断食をすると男はすぐに動けなくなる。」と言っていたことを思い出した。
女の人の方が脂肪が多いのでエネルギーとしてとけやすい。だから何度か食事を抜いてもそれなりのからだを動かすことが出来るけれど、女性より筋肉質な男の人は食べないとエネルギーが補給出来ないのですぐにぐったりしてしまう。また、男の人の方がパワーがあって強いイメージがあるけれども、生物として強いのは女性の方らしい。

この話を聞いたときにとっても納得してしまった。
今回も、わたしや息子、娘は食欲がなくなった。水分やリンゴくらいはとってもほとんど食べずにとにかく横になってからだと胃腸を休めていた。
一方夫は、同じようにつらそうに横になっていたけれど3食きちんと食べる。初めのうちはうどんや消化の良いものを食べていたけれど、わりと早い段階からお肉を美味しそうに食べ「力がついた」と言っていた。

病気の治し方も人それぞれ、と思っていたけれど、自然なからだの要求に理由が見つかると面白い。

葛おろしうどん.jpg

お腹の調子が悪いとき、陰性体質、陽性体質どちらでもまずは梅醤番茶(うめしょうばんちゃ)を飲むと良いそう。夫にもまずは梅醤番茶、その後うどんを作った。
うどんに葛しょうゆ(葛は整腸作用)かけ、大根おろし(殺菌作用)、刻み昆布をのせた。うどんは冷凍のものがコシがあって美味しい。

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2010年04月03日

清澄公園と大家さんの小話

お腹の調子も治ってからだも軽くなったので、「良い空気を吸いに行こう!」ということで、子どもたちとおむすびを持って清澄公園へ。

江東区には大きな公園がいくつかあり、近くにある木場公園も広くて気持ちがよいのだけれど、わたしはこの清澄公園が1番気に入っている。広さも中途半端、ただ広場があってそれを囲うように木々が覆い茂っているだけなのだけれど、その「なにもなさ」が逆にホッとさせてくれる。気持ちがスッキリしないとき、モヤモヤするとき、元気をもらいたいとき、清澄公園へやってきて深呼吸をしたり、ヨガのポーズをしたりすると、酸素と一緒に自然のエネルギーをたくさんもらって頭までスッキリする。特に朝は人も少なくて空気も澄んでいる。
隣にある清澄庭園と清澄公園(開放公園)は戦災を逃れたため、ここに生えている木々は戦前からのもの。そういったことも関係しているのかもしれない。

日の光を浴びて気持ちよい疲労感を感じながら帰宅。アパートの1階で大家さんにばったり。大家さんお決まりの台詞「どこいって来たのか〜。」息子が「清澄公園行ってきたの!」。
「花見か。」なんて言いながら、お暇だったようで小話をしてくれた。
「おれのオトッツァンって人が、関東大震災のときにあそこに逃げて助かったって。」「そんでさ、あそこの、庭園のところに池があるだろ。あの池の水が一晩でなくなったって。」大家さんはニコニコ。わたしは「???」。「あそこに逃げた人がみんなで泥水でも何でも池の水を飲んだんだって。それで、明け方にはすっからかん。」「おやっさんも本当は別のところに逃げて、そこはもう人がいっぱいで仕方なく清澄公園へ逃げたんだけど、はじめに逃げ込んだところは火事で全滅。運良く助かったんだって話を聞かされたよ。みんなリアカーで家財道具とか持って逃げたからそれに火がついてさ。だから何かあったら何も持たないで逃げた方が良いよ。自分の身が一番大事だから。」ですって。

関東大震災、東京大空襲の被災地だったうちの近所ではこういう話をよく聞く。
少し気にしてみると、町のさまざまなところに戦災の記念碑が立っていることに気がつく。子どもたちがよく遊ぶ公園のほとんどが東京大空襲のときに臨時遺体置き場になった場所であることは、東京大空襲・戦災資料センターで知った。一方で高層マンションが次々と立ち並び想像を超える人口を抱え、大通りはチェーン店やコンビニがキラキラして忙しい。過去の話をする年高者はそういった時代の中心からは去っている。

実は、清澄公園で子どもたちと遊びながら、「賑やかに花見に来ている人たちが被災のためにここに集まっているとしたら。」というシリアスな想像を思わずしてしまっていた。シャボン玉をする息子。「バイバイチィーン(バイバイキーン)」と言ってキャハキャハ歩き回る娘を遠く見ながら、「高層ビルの住人たちが集まったらこんな広場すぐに埋め尽くしてしまうだろうな。。。」とか。全滅とまで言われた東京大空襲でポカンと戦災を免れた清澄公園と地下の歴史とまったく関係なしに存在しているように見える高層ビルが変に重なってしょうがなかった。
「リラックスするために行ったのに、こんなこと考えるなんてわたしも変わった人ね。」なんて思っていたのだけれど、大家さんの話がタイムリィで心に響いた。だって、「あの池の水が一晩でなるなるって!?」そもそもあの濁った水を「飲もう」と思う絶対的な状況を想像することはわたしにとって困難でもあった。

地上に立ちながら、その上にそびえ立つ資本主義社会と地面の下に眠る戦争の記憶を同時に見ること。どちらか一方が片手落ちにならない視点、それがわたしの目標かな。そういえば、息子たちはこういった証言者の生の声を聞ける本当に最後の世代でもあるのよね。

清々しい空気を体中に溜めながら、少し考えさせられた春の午後でした。
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2010年03月31日

お仕事好き娘をお兄ちゃんの春休み

妹「チィトータントォー」
兄「キンコンカンコン!」妹「チントンタートォ。。。」
兄「違うの!キンコンカンコン!」

娘と息子の夕食後の一コマ。小さいテーブルを挟んで向かい合って椅子に座り、お互いの顔をジ〜ッと見つめ合う真剣な様子は、英会話マンツーマンレッスンのよう。

なぜか娘がピックアップする言葉は音にリズムがあるものが多い。
「イイェイ、イイェイ、オー(一郎さんの牧場で〜イヤイヤヨ〜)」とか、「チッポ(しっぽ)」「ナイナイッンバ〜(いないないば〜)」「アップップ(だるまさんだるまさんにらめっこしましょ笑うと負けよアップップッ!)」「アポッポ(鳩ぽっぽ)」「ち~とっと〜(きのこ)」「てってってっ!(テクテク)」などなど。
うまくしゃべれてないのを何度もつっこむお兄ちゃん。君だって小さい頃、「本八幡(駅の名前)」のことさんざん「バダヤカ!」って言っていたのよ。でも、明らかに娘の方が「カチテ(貸して)」「チテ(来て)」「ボ〜チッ(帽子)」などサ行がタ行になってしまう幼稚語傾向。

それから最近の娘の「あたちも出来る!」という自信と「真似っこ」が遊びにつながる幼児期の可愛さが感じられる不思議な行動。
食後、自分の食器を持ってテクテク洗い場まできて「んっ(どうぞ)」と渡しにくる。帰宅の際は自分で靴下を脱いで洗濯かごにポンッと投げ込む。布団上げのときに枕を手渡す。などと役に立つことから、空き缶を入れているゴミ箱から缶を取り出し、一通り遊んだ後にまたゴミ箱に入れる。小梅をパックを悪戯して床に梅を落としてしまい、1粒ずつ拾って元通りにして知らんぷり。と「やめて〜。」ということまで、何かと「お仕事」を見つけては黙々とこなしている。わりと地味なことが好きみたいね。

息子が春休みなので、争いごとも多い反面ホノボノした光景も面白い。
3~4歳は面白い年頃だなあ、とつくづく思う。わたしや大人と接しているときはいっちょまえ、「まるで大人と会話しているみたい。」と思うことがある。妹のことも「妹ちゃん、ビールの缶出しちゃってるよ!」とわたしに報告したり、「危ないからやめときな。」と説教したり大人気分でいることが多い。
一方で、1歳の娘と子ども同士で遊んでいると大人にはよく分からない遊びで盛り上がっていることがよくある。2人でいきなりハイハイレースを始めたり、そういうときは2歳半の年の差はあるようでない。息子と娘は同じ世界の見え方(子どもなりの)をしているのだろうな。
2つの顔が見えたり隠れたりする比率がだんだん減って、「幼児」から「子ども」になっていくのかしら。


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2010年03月25日

長い目で見る

子どもを連れていると、年配の方に「今が一番良いときよ〜。」とよく声をかけられる。
先日も、出先で娘がベビーカーでお昼寝をしたので息子とお茶を飲んでいた。そこへ1人で珈琲を飲む地元のおばあちゃんが、「いくつ?僕?んんっ、それともおじょうちゃん?」と暇つぶしにわたしたちに話かけてきた。「お母さん、子ども2人いると大変でしょ。でもね、今が1番幸せなときだから〜。あたし位おばあちゃんになるとそう思うものなのよ。」と叱咤激励。そうね、そうよね。今ほど子どもに必要とされているときはないだろうな。

これから育っていく子どもはすごくよい「エネルギー」を持っていて、子どもたちの肌や視線に触れ、わたしの方が「育てられている」と思うことがよくある。うちの近所にはお年寄りが多いので、たまに道ばたで息子と娘の手や頭をなでて「ありがとうございました。」と頭を下げて去っていくおばあちゃんもいる。お地蔵さんじゃないんですけど〜。でも触れるだけで「若いエキス」もらえた気分になるんでしょうね。

珈琲屋さんで同席したおばあちゃん、「わたしいろんな人に言っているの。子どもを大事に育ててね、って。子どもは宝だよ。」なんて繰り返し話しながら、最後に「でも自分はひっぱたいて育てたんだけどね〜。あはっはっは。(大口開けて大爆笑)」。
いやいや面白い。実はこれが現実。下手な育児書や専門家の話よりもグッとくるのは、経験に基づいた飾りのない言葉だからよね。

わたし自身、子育てをしながら「長い目で見る」癖をつけるようにしている。迷ったとき、「今」や「少し先」の変化ではなくて「将来的にどうなりたいのか」とか「ちょっと引いた視点」から自分や子ども、家族のことを見る。すると、時間はかかっても余分なことが抜け落ちて答えが見つかる。
当たり前だけれど、子育ては「楽しい」「可愛い」だけではない。子どもが2人になればなおのこと、自分の体力的、精神的な限界値の低さを突きつけられ、「毎日なんとかこなしているだけ」という期間は必ずある。加えて子どもと密着生活のせいで客観性を持って人と話す機会が減り、ついつい近視眼的、独りよがりな考え方に偏ってしまいがち。

一生懸命やっているつもりでも空回り。そればかりだと本質が分からなくなってしまう。困ったことでも、あとから考えたら笑ってしまうこともたくさんある。
「たぶんわたしもこのおばあちゃんみたいに『あのときは楽しかった〜!』と言える日が来るのだろうな〜。」と泣きわめく子どもを前にして思う、それだけでも自分も子どもも楽になる。そういういい加減さこそ、子育てには必要なのかもね。
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2010年03月19日

修了式

今日は幼稚園の修了式だった。
息子は無事年中さんのバッチをもらい、誇らしげな表情。
幼稚園に入って1年、夏からはほんとうにあっという間だった。初めは帰ってくるとイライラ不安定だった息子が、気がついたら幼稚園が大好きになってお友達と楽しそうに遊ぶようになっていた。
お迎えのときに担任の先生が「Tちゃんはいつもいろんな遊びを見つけてきてくれるので、わたしも1年間楽しませてもらいました。」と話してくださった。そうそう、息子の幼稚園は自由遊びの時間が毎日必ずあり、「見たて遊び」を重要視している。
そこで使う玩具も既製品だけではなくて、先生がティッシュの箱や厚紙なのどで携帯からお買い物ごっこのレジなど、何でも作ってくれるそう。「足りないものは作ってしまおう!」というのは我が家でもやっていたことなので、息子は率先して「先生次はお船作って〜。」とか、いらない紙を丸めて「これ、パンみたいじゃない?」とかはしゃいでいたそう。劇とか運動会ではあまり目立たない方だったけれど、得意なこと、それを認めてもらえる環境で良かった。

午後は、春休みにお引っ越しをしてしまうお友達のお別れ会に参加。
会費制で、幹事さんがお昼やおやつを用意してくれていた。お結びやピザ、フライドポテト。ホットドックなどを頂き、子どもたちはカプラや電車などで遊ぶ。息子も幼稚園の延長といった感じで馴染んでいた。娘もよく食べ、ときどき息子の同級生の女の子に遊んでもらい夕方まで過ごした。

お別れするお友達のメッセージファイルの作成や、マンションの集会場をレンタルしたり、幹事さんの気配りに感心しながらも、今日は2人のお母さんを「良いな」と思った。

子どものスプーンフォークは持参、ということだったけれど、紙のおさらや紙コップ、割り箸は用意してくれていた。
そんな中、自分と子どものコップ、お皿を持参しているお母さんが1人!
紙のお皿やコップは、使った後ちょっと席を外してしまうと、もう誰のものだかさっぱり分からなくなってしまうので、実は1人1セット以上使っていることが多い。自分のお皿とコップ持参なら、もったいなくないし見分けもつきやすい。これは良いわ、とピクニック用も兼ねて我が家も用意しようと思った。

もう1人は仲の良いお母さんで、自分の体調が良くなかったからとショウガ茶を持参していた。お昼が油っぽく味の濃いものが多かったので「胃疲れてませんか?どうぞ。」と勧めてくれたのだけれど、これがまたホッとする味。「帰ったら梅肉エキスか切り干し大根茶飲もう!」と思っていたわたしには有り難い。彼女もゾクゾク寒気がしたときにショウガ茶飲んでからだを温めるそう。お湯にチューブのショウガを絞っただけで出来るそう。わたしも粉末ショウガや、ドライジンジャーを愛用している。

ささやかな気遣い、気配りに癒された1日だった。


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遺伝!?

息子はどうやら女の子と遊ぶのが好きみたい。年少さん1年を通して、お迎えのときに先生から「今日は〜ちゃんと遊んでましたよ。」と話題に上がる名前のほとんどが女の子。息子の学年は女の子が1/3しかいないのに。。。

今日の夜息子が寝る前に、「Nちゃん(女の子のお友達)に、僕が『〜なのよね。』って言ったら、『やっぱりTちゃん(息子)は女の子なのかもしれません。』って言われたんだよ〜。」ですって。話し方が女子っぽかったのをつっこまれたみたい。むむむ。「やっぱり」というところがポイントだよね。

「変だよね〜。」なんて照れ笑いしながら、あまり気にしていない様子の息子。本人は「僕は男の子だから女の子が好きなの。」と言っているけれど、きっと女の子は「女の子っぽい男の子。」と思っているのだろうな。おままごとやお家ごっこが好きで、見た目も小さめ声も高いからかな。担任の先生も、「Tちゃん、女の子とな〜んか波長が合うみたいですね。」と言っていた。

そういえば、今はがっちり体型の夫も、小さいときは女の子とよく遊んだり少女漫画を読んでいたそう。大学は仏文科(ほとんど女子)。今の職業も女性率が高い。そういう場所の方が落ち着くのか、自然と呼び寄せてしまうのか。息子の女の子好き、きっと遺伝もある、と勝手に納得。

わたしが無理矢理「男の子と遊びなさい!」ということでもないので、見守っていたけれど、本人の希望と女の子たちの受け取り方の違いが切ないところよね。息子よ、頑張れ!


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2010年03月18日

リーバイスじいちゃん 

最近玄米を買いに通っているお米屋さんは、中年のご夫婦でいつもニコニコ。

お米を食べると自然とこういう顔になるのかな、なんて思いながら談笑。この地域に来てからお買い物中の談笑が増えた。子どもがいるからかな。こちらが忙しいときは、「おばちゃん、手を動かしながらお話ししてね〜。(完全に仕事そっちのけで娘と遊んじゃう人もいるから(笑))」なんて思ってしまうけれど、下町風情があって気に入っている。

先日いつも通り玄米を軽くひいてもらっているときに、奥からさらにお肌ツヤツヤでとっても良い「相」をしたおじいちゃんが出てきた。「おじいちゃんですよ〜。はい、これどうぞ。」と娘にポケットティッシュをくれた。

この70代とおぼしきおじいちゃん、奇麗に色落ちしたジーパンをはいている。気になって、おじいちゃんが前屈みになったすきにウエストを後ろからちょいと覗いてみたら、リーバイス!リーバイスを履きこなすおじいちゃんって素敵だわ。やっぱり仕事をして慣れてきたジーパンは本当にカッコが良い。

お米をせっせと食べてしっかりからだを動かすと、あんな円満な顔になれるのかしら。
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2010年03月01日

お誕生日

3月に入ると、とたんに春めいてくる。
今までの締まった冬の空気に生暖かい春の風が混ざり、不思議と体も軽くなる。教育を受けている間は、今まで慣れ親しんだ環境からの別れを間近に控えた哀愁と、何かを始めようとワクワクする感じが両方混ざり合った1ヶ月でもある。
わたしはなぜかこんな「春のおとずれ」が好きだ。
季節の変わり目は体調を崩しやすいときでもあるけれど、空気がピタッとはまっていない、よりどころのない浮遊感、そんな感覚でしか表せない感じがたまらない。
それもきっと自分が産まれた月だからだと思う。

今日はわたしの30歳の誕生日。
30とは区切りが良い年ではあるけれども、思ったより実感はない。
母親になってから普段自分のことに気を向けていないせいか、実は昨日まで自分の誕生日を忘れてしまっていたほど(笑)。
今日は、身内やお友達からお祝いの連絡をもらい、息子からは4回もバースディソングを歌ってもらい、娘は元気になってくれ、夫はわたしの誕生日のために高いワインを買ってきて1人で1本開けて(わたしは授乳回数を減らしているため禁酒中)ご機嫌だったし、幸せな誕生日だった。

実は、来年の前厄が気になる。わたしの周りでも厄年で体調を崩している人は多い。厄年は根拠や紀元も不確からしいけれども、昔から言われていることなので何か意味がありそうで無視できない。女性は33、男性は42の大厄が我が家は夫婦ともに同時にやってくる。ヒョエ〜!まあ、身構え過ぎずに「ちょっと注意しなさいよ。」という先人から忠告と気に留めましょう。「来年は静かに流れに身を任せて過ごしましょ。」くらいが良いかしら、と自分に言い聞かせる(笑)。

誕生日そうそうネガティブな話題だけれど、良いときも悪いときもあまりもがきすぎないのが1番楽に生きられる方法なのでは、と思っている。考えたり準備したり溜めるときと行動に移すときのタイミングの合わせ方が良いと、より人生がうまく廻っていく、ということはあるのかもしれないけどもね。

今年は、周りの状況が許すならば少しずつヨガクラスを持っていきたい。


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2010年02月26日

断食!?明けました

昨晩から、野菜スープと少しおかずを食べるようになり、「ママ〜チテ〜(ママ来て)」と1日中わたしの側から離れなかった娘も、だんだん元気になってきた。
今朝、良いうんちが出たので「ようやく毒だし完了かな?」と喜んでいると、朝、蒸しパンと野菜スープを少し。午前中、「ボーチッ(帽子被せて)!チュータッ(靴下履きたいの)!」と催促をして外に出たそうだったので、お使いに30分ほど外出。お昼には用意していたお結びすべてを平らげ、蓮根おからボールとスープも飲みお昼寝。

やっと元気になってホッと一安心。

今日はわたしもお弁当

さば、蓮根ボールランチ.jpg

・サバのガーリック焼き
・青菜とコーンのおひたし(アルカリ性食品青菜は血液を浄化してくれるそう)
・蓮根おからボール(我が家の定番蓮根お惣菜に葛のあんかけ)
・玄米岩塩結び(玄米結びに岩塩を押し付けて食べるのが最近のお気に入り!)

娘が何も食べない間、唯一の栄養源がわたしのおっぱいだった。普段はもうそんなに飲んでいなかったのだけれども風邪を引いてから甘えん坊になってしまい、頻繁にあげていた。だから出来るだけ食事を気をつけている。「和食中心にして青菜をたくさん食べる。」「甘いものは3時のおやつのときだけ。」というそんなに難しくないことだけれど、これがわたしにとっても良いきっかけとなり、からだは軽いし気持ちも落ち着いてきた。

1番の要因は、夜のおやつを食べなくなったこと。
たぶんわたしは甘いもの依存症。子どもが眠った後、ホッと一息、近くにコンビニが出来て気楽に買いにいける環境も良くないわよね。すごいときは板チョコ2枚とかマーガリンを塗った食パンを3枚もたて続けに食べてしまったり、自律神経失調症?と疑ってしまうほど。ストレス溜まっているのかな?と自分を慰めながら、娘が産まれてからはこういう状況が良くなったりまた復活したりの繰り返しだった。

どうやら、授乳中のお母さんは甘いものをすごく食べたくなる人は少なくないみたい。お友達ママさんも、「1日中なにか食べているよ。」とか「気持ち悪くなるまで甘いもの食べていた。」などとよく聞く。映画を観に行ったり、人に会ったり、お買い物したり、今まで気楽に出来ていた気分転換が容易に出来なくなると、てっとり早く「食べること」でストレス発散してしまうのよね。きっと。

妊娠出産後の自分自身のからだの変化、息子が赤ちゃんの頃の湿疹や娘の中耳炎を通して、食べ物とからだや心の関係をネガティブなことも含めて経験できて良かった。
そう、食べ物、食べ方をコントロールするのは難しい。「からだ」と「心」両方が都合つかないと良い方向には変われないのよね。そして追い込みすぎないことも大切。
いつかヨガとこういう体験を活かして、これからママになる女性、赤ちゃんを抱えた女性にアドバイスできるようになれたらな、と思っている。

夜無駄なものを食べないとご飯がおいしい。初めの2日くらい禁断症状?と思われるイライラがあって、それが落ち着くとそんなに「甘いもの食べた〜い!」という要求もなくなる。多分リバウンドもあると思うのだけれど、行ったり来たりしながら修正していった方が自然かと思っている。まずは、この好転が嬉しい。


・野菜スープ

野菜スープ.jpg

家にある野菜数種類の千切り、塩ひとつまみを土鍋でコトコト煮ると、お野菜の甘みたっぷりのスープが出来る。美味しく作るポイントは、きのこと牛蒡を入れること。
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2010年02月24日

RSウィルス感染症で娘は断食中

最近、娘は断食中。
とっても頑で、リンゴや大好きなおむすびを口の前にもっていてもブルブル首を振り拒絶。おっぱいは飲むので、正式には母乳断食。

というのも、息子の風邪がうつってしまったかしら?と思っていた娘が、なんとRSウィルス感染症にかかってしまい、中耳炎を併発してしまった。

20日、21日と連日夜39.1~39.5℃の高熱を出し、22日に近所のお医者さんで診察して頂いたらRSウィルス感染症と判明。RSウィルス感染症は2歳以上の子どもや大人ならば軽い風邪で済むけれども、6ヶ月未満の赤ちゃんがかかってしまうと重症化してしまうらしい。1歳代の子でも、これがきっかけで喘息になってしまう子もいるらしいので、注意が必要と説明を受け、中耳炎も併発しているので、たくさんお薬を頂いた。
娘は1歳6ヶ月、わりと丈夫な方。しかもRSウィルス感染症は息子も同じくらいのときにかかり軽く済んだので、おそらく高熱は中耳炎によるもの。23日紹介状を持って総合病院の耳鼻咽喉科で見てもらった。鼓膜を切開してもらうとピタッと熱は治まった。ほっ。
今日も熱はなく、RSウィルス感染症の症状(咳、ゼーゼーした息)はほとんどなく快方に向かっている。

高熱を出してしまったのが土日だったとはいえ、早く気がついてあげられなくて娘にはかわいそうなことをした。
4歳の息子は、2歳頃から風邪を引いても病院には連れて行っていない。自分で「だるい」とか「喉が痛い」と教えてくれるようになったのもあり、早めに対処できるからひどくならないですんでいる。小さい下の子を連れて病院に行くのも足が遠のく理由の1つ。もちろん、「これは大変!」と判断したときにはお医者さんに見てもらう心づもりはある。

言葉が話せない1歳半の娘には、まだまだお医者さんは必要。
大抵、子どもが熱を出すのはお医者さんが閉まっている夜間か休日なのよね。救急外来に行くほどかどうか?対処法、どのタイミングで受診するか?頂いたお薬をどのくらい飲ませるか?そういったことに毎回迷ってばかり。絶対的に「病院と薬」を信用していれば問題ないのだと思うけれど、わたしの場合「子どもの自然治癒力を信じて、免疫力を高めてあげたい。(つまり出来るだけ薬を飲ませたくない)」となるから複雑。

今回の場合も、娘は21日頃から固形物をほとんど口にしなくなった。娘が自ら断食をして毒だししているのかな。沖ヨガの考え方では、大抵の風邪は「胃腸の疲れ」からきているので断食が良いとされている。赤ちゃんの発熱には浣腸で便を出すと熱が下がる、とも教わった。
娘は水分はとっていて、ぐったりすることもなく大声で泣くパワーもある。お腹のマッサージをしたら臭い軟便が出てきた。自然にからだを治そうとしているように思えて、わたしは「食べないから心配!」というよりは「毒だし。毒だし。出きってしまえば、きっと食欲も出てくる。」という気持ちで見守っている。

頂いたお薬も飲んだり飲まなかったり。というか、首を振るのでほとんどあげていない。「中耳炎のお薬は飲ませた方が良いかな」と23日の夕方だましだまし口に含ませたら、夜寝る前に咳こんで全部吐き出してしまった。なにも食べてないので無理もない。きっと食欲が出るころには、もう薬は必要なくなっているだろう。

娘の症状をわたしは納得して見ているけれども、こういう考え方、西洋医学のお医者さんに正直に話しても面倒くさがられてしまうだろし、「3日も固形物をとっていない。」と話したら「栄養が足りないと困る」と点滴でも打たれてしまったら、、、なんて憶測もとびかい、適当に嘘をついてしまう。熱の原因を見つけてくれてありがたい気持ちもあり、お医者さんのことは信用している。だからこそ、処方してくれたお薬を飲まないで万が一何かあったときにどうしよう、という一抹の不安と、本音で症状を相談できないもどかしさを感じる。

息子の幼稚園のお迎えのときに、咳の風邪が長引く子どものママに、他のママが、「あそこの小児科に行って『先生、強いお薬下さい。』って言ってみて。他のお薬ではずうっと治らなかったのに3日でピタッと咳が止まるから。」と勧めているのを聞いた。なるほど、「強いお薬」をリクエストできるのなら、「弱めでお願いします。」も可能かもしれない。なんて思ったり。。。

何事もコミュニケーションの仕方。わたしももっと熟れてこないといけないわ。と改めて思った。5人くらい育てたら、「お医者さんとの上手なつき合い方」が出来るようになるのかも。なんて、それは無理ね。


*とりあえず、高熱には豆腐湿布とキャベツ湿布で対処した。豆腐、青菜に含まれてるカリウムが熱を中和してくれる。(ただし豆腐は威力が強いので40℃以上のときに使用し、熱が下がり始めたらすぐに外すこと。)
豆腐をおでこにのせてひとまず38℃くらいには下がる。その後豆腐を外し、キャベツを頭の下にひいて寝かせたら、朝には葉っぱがしんなりしていた。

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2010年02月21日

ごめんね、娘ちゃん。

今日は、子どもたちはお義父さんとお義母さんに見てもらい、夫の誕生会(2月19日)を兼ねて久しぶりに夫婦2人でゆっくりお食事を楽しんできた。
こういう時間、息子が小さい頃はなかなか作れなかった。両親が「子ども見ているよ。」と声をかけてくれていたのに、変な「罪悪感」もあり気持ちよくリフレッシュできなかった。何故か子どもが2人になってから、「人に助けてもらいながら今を楽しく生きていこう!」と思えるようになった。子育て4年目にして、「自分のしたいこと」を後回しにしすぎない、それが精神バランスを保つ上でも大切なポイントだとつくづく思う。そうそう「しすぎない」ということろがミソ。「自分」が優先過ぎるとまたバランスが崩れていってしまう。

そんな風に、清々しい気持ちを告白したけれども、この素敵なランチには後日談があり。。。

実は、先日から続いている娘の風邪がまだ治まっていない。
「日曜日はランチ!」と思っていたので、土曜日家の中でゆっくり過ごした。けれども夜中40℃近くまで発熱し息も荒い。豆腐湿布で熱も下がり始めたので、頭の下とおでこにキャベツをのせ「森の妖精」のような姿になりながら夜が開けた。朝には37℃まで下がり、咳と鼻水はあるものの回復の兆しが。
ランチを中止するかすごく迷ったけれど、夫の仕事や両親の都合が合うこともなかなかないので、「食事をしたら急いで帰る。」ということでランチに行くことにした。

途中お義母さんから「機嫌良く遊んでいます。」とメールをもらいホッとして、両親宅に戻ると意外なほどに元気な娘。イライラしたり甘えん坊になることもなく、いつも通り遊んでいた。肌に触れたら微熱さえない。これには本当に驚いた。

ところがどっこい。
家に帰って、要求されるがままに授乳するとそのまま娘は寝入ってしまった。17:30。「困ったな、変な時間にお昼寝始まってしまったわ。でも疲れているののだろうからそっとしておこう。」と途中何度か授乳しながら、息子と軽い夕飯、お風呂に入った。いざ息子を寝かせようとしたら娘の息が荒い。熱は37.8℃。昨日ほどではないけれど明らかにからだがポッポッしている。
おばあちゃんのお家では気が張っていたから熱が出なかったのね。健気な娘にキューンとなってしまった。眠っている娘の手を握り、「心配かけてごめんね。ありがとうね。明日はずっと一緒にいようね。」と話かけると、小さな手がわたしの手を握り返してくれた。

こんな小さな子に気を使わせて、、、と少しへこむ母でした。
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2010年02月16日

誕生日前夜、嫌な予感

明日は息子4歳の誕生日。
そして幼稚園の2月生まれのお誕生会も行われるそう。お誕生会は、年少さんから年長さんまで合同でお祝いをして、母親も参観できる。息子はこれをとっても楽しみにしていて、先月位から家でも予行練習を繰り返していた。「これからお誕生会を始めます。みんなでお祝いしようね。では、青組リーダーおねがいします!」とおそらくお誕生会始まりの先生のあいさつを真似ては、自分の自己紹介をしたり1人芝居。お友達の様子を見ていて覚えてしまったのね。

それだけ楽しみにしていたのだけれど、今日、幼稚園帰りに久しぶりに子育て支援センターで遊んで帰ってきたら咳をしている。夕飯を食べながら、「なんだか、風邪引いちゃったみたい。微熱みたい。」と訴える。熱はないので、幼稚園で流行っているのどの風邪にかかってしまったのかもしれない。足湯をして梅肉エキスと蜂蜜をお湯で溶いたものを飲ませて、早めに休ませた。

1歳の誕生日のときも風邪を引いてしまったのだよね。本番に弱いタイプだったりして。。。
明日、元気になっているといいけれども。少なくとも、一番楽しみにしているケーキは、今年はマクロビ仕様になりそう。夕飯は何にしよう。
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2010年02月01日

緊張性頭痛

先週水曜日くらいから、後頭部に鈍痛。鈍痛というよりも、モワ〜ンとした違和感があって、なかなか抜けなかった。
結局、今日はスッキリ。

実は、こういうことが今までも何度かあり、大抵かなり長引いた後気がついたら治った、という経過を踏んでいる。季節の変わり目で頭蓋骨が緩んだのかしら、とも思ったり。頭蓋骨が下がって来たらげんこつで刷り上げるように叩くと疲労回復に良い、とヨガの先生に教わったことがあるけれども、「この違和感に直接刺激を与えて良いのかしら。」などと自分なりの対処も出来ず、なんとなく調子が悪い一週間だった。原因が分からないと心細かった。

一度病院で見てもらおうと、インターネットで症状を検索すると「緊張性頭痛」というものに症状が似ていることに気がついた。ストレスや睡眠不足、肩こりなどによって引き起こされてる後頭部の違和感。偏頭痛になる一歩手前、というところらしい。
「これだったら安心。」と少し気が楽になる。そういえば最近、肩と首がパンパンに張っている。気になりつつも「いつものこと。」と放置していたから、血流が悪くて頭が酸欠状態になっていたのかもしれない。

今日、ヨガの養成クラスのテーマがたまたま「視力回復・肩こり(肩こりと近眼には強い結びつきがある)」だったので、肩甲骨、首、腕の筋肉をほぐし血流を良くするポーズをたくさん行った。そのおかげか、今日はあのぽわぽわ〜んとした頼りない違和感は感じなくなった。肩の張りはそう簡単には治らないけれどもね。

一応症状は治ったものの、何度も繰り返していることなので一度病院できちんと診てもらおう。
「病は気から」というけれども、今回の場合も、「この違和感は何なのだろう?もしかして脳梗塞の前兆?」なんて心配しているときは、患部が気になってしょうがない。でも、命に別状のないそれらしい病名が見つかったときに、だんだんその症状も軽くなっていく、というのが面白い。病気そのものよりも、病名やこれから起こりうる不安に脅かされて悪くないところも悪くなっていく。「何かあったら困るから」とふさぎ込みがちで体を動かさないからさらに悪化、という「負のサイクル」。

「とらわれない」といことが一番「病気」から遠ざかる方法なのかもしれないな、なん
てつくづく感じる一週間でもあった。
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2010年01月28日

1歳半になった娘にひとつ注文

1歳半、ますます大きくなった娘。
最近の流行言葉は、「ちれ〜。(きれい)」。色が鮮やかなものなら何でも「ちれ〜」「きえ〜」と指を指す。ほぼ一日中「ちれ〜」なものを探してはわたしに教えてくれている。それから、ぬいぐるみのめんどうをみたり、一緒に横になって「ねんねぇ〜」とまったりとしたり、こういうところは女の子らしいと思う。
一方で、お出かけのとき電車を見ると必死になって手を振ったり、息子が幼稚園に行っている間、乗り物図鑑を開いて新幹線を指し「まぁま!んっ、んっ!(お母さん、電車の名前を教えて)」とプチ鉄ちゃんの兄に負けないように真剣に復習?しているのは、やっぱりお兄ちゃんの影響よね。

最近娘にやめて欲しいこと。
食事中、1度口に入れたものをべぇっと出す。それなのにわたしのお皿に載っている、今吐き出したのと同じものをまた欲しがる。今までは、あまり追求しなかったけれど、ちょっとずつ「お口に入れたものはべぇしちゃだめよ。」と話していこうと思う。
といっても、結構頑固な子なので簡単にはいかない。いらないものはいらない!離乳食を始めた7ヶ月頃から、欲しいものを指差し、いらないものは首を振って拒絶、と意思表示がはっきりしていたから。。。

結局は、「口から吐き出してしまったら、他のものを欲しがってもあげない」ということにしている。そのときは泣いて大騒ぎになるけれども、お腹が空けば次の食事のときはきちんと食べる。スパルタかもしれないけれど、「これ食べないのね。それじゃあ、こっち(好物)なら食べる?」と毎食口当たりの良いものでお腹がいっぱいになるようにあげてしまうのは、飽食時代の良くない習性なのでは、という思いが強いので。

でも、基本的に娘は息子よりこういうところは強情なので手こずりそう。離乳するとまた状況も変わるので、お互い意地の張り合いにならないように逃し逃しつき合っていこう。


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2010年01月25日

今年も菜の花の季節がやってきた

少し前から、スーパーの野菜売り場に菜の花が並ぶようになった。
春のお野菜、菜の花や蕗の薹、つくしなどは、彩りも良く形も個性的。
子どものときは苦手だった独特の渋みも、最近ではたまらない味覚。

我が家では、一輪を花瓶に挿して観賞用に。残りは蒸し鶏と一緒に食卓へ。

おいしい鶏肉と新鮮な野菜は、どんな調理法よりも蒸すのが一番!
軽く塩をふって、お好みで生姜も一緒に蒸すと風味も増して美味しい。
鶏肉は火が通りにくいので、弱火でじっくり蒸し、鶏肉が蒸し上がったところに菜の花を加え、サッと火が通ったら出来上がり。

蒸し鶏と菜の花.jpg


花瓶といっても、夫が飲み終えたワンカップに1輪挿すだけ。

菜の花.jpg


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