2011年09月01日

満ちる

最近息子を抱き上げるのは、自転車の後部座席へ「よっ」と乗せるときぐらいだけれど、沖縄から帰ってからずっしり重く感じる。娘も同様2人とも見た目が太った訳でも体重が芸的に増えた訳でもないのに「身が詰まっている」感じ。

野村奈央先生が、「子どもは『満ちている』と抱いたときにずっしり重いです。心が満たされていない時、また頭を打ったり生命の危機の時、からだは藁のように軽くなります。」とよくおっしゃっていたけれども、わたしも「そうかもしれないな。」と思うことが良くある。

2歳半違いの兄妹、体重は圧倒的に息子の方があるのに、抱きあげたときに娘の方がずっしり重く感じるときがあったり。そういうときは「ちょっと気が娘の方に偏ってしまったかな。」と自分なりに「気づき」になる。

夏の終わりの沖縄旅行、3日連続海へ行って泳いだ。一番喜んでいたのは主人だけれども、息子もゴーグルを着けて水に顔をつけて海中の魚を見たり、バタ足で沖にもどったり相当楽しんでいた。去年は波が怖くて海に入れなかった娘は浮き輪をつけて入れるようになった。絶えずわたしにしがみついているから重りのようだったけれど。。。東京でそれなりに自由にやっていたつもりだったけれど、「親のわたしがけっこう緊張していたのだろうな。」と改めて気がつく。

台風の影響もあって、沖縄滞在中パラパラっと何度か通り雨があった。「あっ、子ども達を濡れないようにしなきゃ。」ととっさにわたしの身が縮こまる。一瞬して「ここは沖縄だから大丈夫なんだ。」とホッとする。「意識以上に身体感覚は染み付いているのだなあ。」と思った。滞在数日で相当ゆるんでいったのが分かった。日頃の疲れを癒す、それがたまの旅行の良い所でもあるのだけれど。

沖縄の知人が、「7月下旬に東京に行ったら、東京の人、普通通りにしているけれどなんか表情が暗くて変な感じだった。」と話してくれた。そんな風に見えるんだ〜。でも確かにそうかもしれない。「どうにもならないし、見えないものだから忘れちゃえ!」みたいな雰囲気もあったり、「でもなにか変だよね。」という思いがあったり、それぞれの置かれている状況、知識量によって捉え方の違いが浮き彫りになって二次的に対人ストレスを感じていたり、潜在的に疲れているのかもしれない。

子どもたちがずっしり重く「満ちる」、それにはまず親のわたしが安定していたら良いなあ、と思う。いろんなこと「してあげる。」ではなくて母性を磨きましょ。

水納島ビーチ.jpg
posted by meg3 at 22:13| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。